割れる足跡







第2話≪ココロと名乗る少女≫


僕の夏が始まる……

永遠に思える夏が始まる。

魔法使いは何を望む?


/1

《孤独、それは精神を蝕む苦痛かもしれない。》

それから僕は数分立ち尽くしただろう。それから何を思ったのか歩き出そうと足を動かす。
その間も擦り切れそうな思考だけが働く…そして繰り返される目の前で起きた体験。
理解出来ない、思考が今起こっている現象についていかない。
何度も考えても答えが出る事はなかった。
そして僕は孤独を感じてしまう事になる……

「くそっ……魔法使いって何だよ…」

悔しくなってきた。悲しくもなってきた。
歩いても何も見つからない、僕らが乗ってきた自転車も、放置した荷物も、釣りをしている筈の翔輔も、日陰で休んでいる筈の和香菜と学も見当たらない。
どうして……誰もいないんだ?皆は何処に行ったんだ?どうして何もかもなくなってしまったんだ?
疑問を頭で投げかけても答えてくれるほどの思考は僕にはなかった。
また……呆然と立ち尽くしてしまった……
しかし、いつか思った別の思考が頭を過ぎる…

人は孤独になると元気がなくなる。

僕は孤独を嫌う――――不安が襲う、自然と涙が目を潤してくる。
孤独は……怖い、いつも孤独にならないように心がけてきた。
孤独を感じそうになれば誰かの下へ駆け寄った。
でも………今、駆け寄る人も、頼る人の姿も確認出来ない…
最大の孤独は体験したつもりだった…でもそれは今でも僕の心に住むトラウマになってしまった。

母さんが死んだ時に――――

その時に流せるだけの涙を流したと思っていた。
僕は孤独を怖れる。だからいつも親友と呼べる仲間達と時間を共にした…
どんな時も、笑うときも、怒られるときも誰かが僕の周りにいた。
でも今は姿すらも、声も、影すらも見えない。
僕はどうすればいいんだ?このまま孤独を感じたまま終わってしまうのかもしれない……
そんな思考が頭を過ぎってしまう。



/2

気がつけば僕の足は岩場を歩いている。目的地はその先の洞窟だ。
何故だろう…此処に来ればもう一度、魔法使いに会えるかもしれないと少しだけ期待をしいるのは間違いない…
じゃりっと砂が擦れる音と波の音だけが耳に入る。
他には何も聞こえない、他の生命というものすら感じない…
この星に僕だけが取り残されたかのような……
そんな間にも洞窟が僕の目の前に現れた。
そして洞窟の前で立ち止まって深呼吸をする。
大丈夫、落ち着いていると自分に言い聞かせる。何が起こっても取り乱さないぐらいに気持ちを落ち着かせる。
そして……慎重に洞窟の内部を覗き込んだ。

しかし……そこには「何もない……」

僕の小さな期待は、外れてしまった。慎重に行動していたのも一気に緊張の糸が切れてしまった。
そこには焚き火の後も、食料のゴミも、魔法使いと出会った時にあった物が何もない。
それは処理したというよりも初めから存在しなかったというぐらいの違和感がある。
やっぱり……理解に苦しむ、今までの出来事が夢なのか、それとも今の状態が夢なのか…
解らない、理解出来ない、何故こうなった?何処で選択を間違えた?
そもそも選択肢なんか存在したのか?
気がつけば洞窟へ足を進めていた、何かがあると信じて…
行ってみれば洞窟内には『何か』があったとも言えるだろう。でも、これは不運だと結論づける。
そして魔法使いの質問には偽り無く答えたつもりだ。僕は嘘をつくのが下手だから滅多に嘘は言わない。
嘘を言って代償を負うのは自分だと知っているからだ。
これは事故のようなものに違いないと考えてしまう。


今にも破裂しそうな思考を巡らせている時、あの時と同じように洞窟の入り口から足音が聞こえた。
その足音はじゃりっと音を立てながら一歩ずつ近づいてくる。
記憶が蘇ってくる、デジャビュのようにも感じてしまう。
前に同じような事があった気がする、そして僕が無意識に期待をしてしまう。
また……魔法使いと出会えるかもしれない。動機は別にしても魔法使いに会いたいと願ったのは事実だ。
足音は止み、洞窟の入り口から顔を覗かせる。その顔も例によって逆光のお陰で確認は出来ない…
僕は違和感を感じる……

「君……誰?」

同じような言葉を投げかけられた。その声にも違和感を感じる…
何かが違うと本能が語りかけてくる。何かが可笑しいと理性が働きかける。
当然だ、声の主は僕よりも年下に見える少女の姿。逆光によって顔まではよく解らないけど背の高い魔法使いとは全然違う。
そして理解する此処に、僕以外の人の存在があったのだから、孤独に怖れた事を忘れる。
この少女の言葉を考える、僕は誰かと問われた。
なんだか慣れて来てこの質問を可笑しいとは思わなくなってしまった。
今度は魔法使いのような圧迫感は感じられない、だから僕は自分も問いかける事にする。

「君こそ誰なんだ?」
「私?私はココロ」

いとも簡単に、答えられた。
疑問を感じることも、思考を巡らすこともないだろう…
自然に出た言葉がココロと言う名前なのだろう。嘘を言っているとも思えない。
それになんだか僕が自分の名前を答えるのを躊躇ったのが恥ずかしくも思えて来る…

「さあ、私は答えたよ。君は誰?」
「僕の名前は灯路。それよりもここは何処なんだ?知ってるなら教えてくれ!」

声を張り上げてもココロと名乗った少女は怯むことすらない。
一歩ずつ近づいてきてやっと顔を確認する事が出来た。
年齢は年下に見えるが何でも見透かしたかのような目をしていた。

「私の知ってることなら教えてあげるよ。でも少し落ち着いて、慌てても何も変わらないから…」

その言葉を聞いて僕は落ち着きを取り戻した…
まるで…暴れている子供を落ち着かせるかのような声をしている。
だから自分よりも年下に見える子に言われてやっと気がついた。
ココロの言うとおりだ、慌てても何も変わらないんだ。
それならゆっくりしてもいいだろう。

「灯路君、もしかして…。この海辺で魔法使いで出会ったよね?」

もしかして、とか言いながらその文末は断定されていた。
その通りだ、僕は魔法使いに出会ったからこそこんな事態になってしまったんだと思う。

「そうだよ、この洞窟で会ったよ。魔法使いってどういう事?何で解るの?」
「一度に質問しないでよ。話には順序ってものがあるんだから」

少しだけ怒られた気がする…
理由はよく解らないけれど…逆らわないほうが無難かもしれない。

「うん、わかった。続けて」

そしてココロは話を続けた。

「この浜辺は魔法使いが作った庭なのよ」

説明の初めからこれだよ……
全然理解出来ない…そう思った僕は言葉を挟んだ。

「ちょっと待っ、」
「今から庭の説明するから黙ってて」

全部を言い切る前に今度は喋るなとまで言われてしまった…
どうやら自分の意向を変えられるのが嫌いみたいだ。
ここは大人しく従っておこう。

「庭という表現はちょっと違うのよ。魔法使いが作った擬似空間、それがこの浜辺。ここでは太陽が沈むことを知らない、永遠の夏が体験出来るとも言えるのよ」

それでもやっぱり………理解出来ない。
擬似空間?太陽が沈まない?永遠の夏?
どこから聞き返せばいいか解らなかった。でもここで質問したら怒られるんだろうと思って口を摘むんだ。

「魔法使いって言われても信じていないでしょ?でも現実に存在する。ただ、それが世間に認知されていないだけ。そして遊び心の旺盛な魔法使いは作ったのよ。太陽が沈まない、永遠の夏を……」

そして僕は思い出した。魔法使いから投げかけられた質問を……

『夏が好き?』
『夜と昼はどっちが好み?』

その質問が永遠の夏、沈まない太陽と繋がった。
どちらの質問も嫌だと言わなかった。それが結果的にここへ連れて来られた理由かもしれない…
僕は過去を悔やまない、過去を振り合える事は出来ないと解っているからだ。
見つめるべきはこれから先に起こるであろう未来。

「どうして魔法使いがこんな擬似空間を作ったか解る?」

やっと僕に喋る権利を与えられた。
どうしてだって?それはさっきココロが言わなかったっけ?

「遊び心が旺盛だからじゃないの?」
「うーん…まあ、その通りよ。人の話はよく聞いているみたいね。ここは魔法使いが作ったゲーム盤に過ぎない」
「………ゲーム?」
「うん、ゲーム。ルールは探し物を見つければいいだけ。簡単よ、見つければいいのよ」

魔法使いのゲーム盤がこの擬似世界という事だろう…
そしてルールは探し物をみつける事にある。
その言葉には大事な部分が語られていない。『何を』かが語られていない。
だから僕から聞いた。

「何を、見つければいいの?」

ココロは更に真剣な目をした。まるでこの言葉を待っているかのような気がする。
僕には解った、これから語られる言葉が一番重要だと言う事が……

「見つけるものは『魔法使い』と『大切なもの』よ」

つまり、隠れている魔法使いを探せってだろう。
でも大切なものについては解らなかった…
僕の大切なものを探せばいいのか??考えたこともなかった、一体なんだろう?

「解らない………」

これでゲームの開始だ。



/3

とは言ったものの、何処から何を探せばいいか解らない。
ヒントの無い難問をいきなり出された気分だ…
実際ヒントのない難問である事に間違いない。

「ところでココロは何でそんなに詳しいの?」
「それは………私がこのゲームをクリア出来ないでいるから…。クリア出来ればここから出られる。でも出来なければずっとここに閉じ込められたままなのよ」
「………とうことは他にもこのゲームに参加した人がいるの?」

言葉の裏を読めばそう解釈も出来る。
ココロは真実を誤魔化して伝えようとしている、それはワザとか、癖なのかは解らない。
でもこの難問を解くヒントのような気がしてならなかった。

「いるよ。でも今は私しかいない。この意味解る?」

声のトーンが下がっている。少なくともめでたい話じゃなさそうだ。
そして僕はその意味も解ってしまう…

「…………もしかして…」
「諦めて………この世界から消えた。そしてこの世界から消える事は現実でも消える事を意味する。魔法使いは凄いよ。リタイヤした人の存在から記憶まで完全に消し去るんだから。」

やっぱり――――言葉の真意を隠している。

「つまりココロはまだ諦めてないんでしょ?だったら一緒に探そうよ。2人ならきっと見つかるよ」

甘い言葉かもしれない。確証なんて何もない。
でも、1人でずっと探すよりは見つかる可能性は広がると思う。
良い方へ考えればそれだけ心に余裕も出来る。

「うん、それもいいね」

ココロは笑顔で微笑んだ。
それがココロが始めて笑った瞬間でもあった。




/4

それからこんな事を聞かれた。

「そういえば灯路って何歳?」
「僕は15歳の中学生だけど」

ココロは本気で驚いた顔をした。
そんなに僕の年齢が不思議だったのだろうか?
というか驚かれた事に僕が驚いたぐらいだった…

「え……幼く見えるから私より下かと思ってた…」
「え……僕ってそんなに幼く見える…?」

確かに幼く見られる事は良くある。
電車を普通料金で乗っていたら子供料金に変えられそうになったぐらいだ。

「見えるよ」

なんとも僕の心を傷つける言葉を軽々しく……
毒舌?それとも天然?今までの話を聞く限り前者な気がする。

「そんなココロは何歳なんだよ?」
「レディーに年齢を聞くのは御法度よ」

即答だった…そして自分は語らずか。
というか…レディーって年なのかよ…こんなときは反論しない方がいいかな。

「はい、はい。解りましたよ」

そろそろ扱い方が解ってきたかもしれない。





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