暑き、夏。 僕らは旅に出た。 紫外線が肌を襲い今にも焦げそうな日差し。 今だけは暮れる事にない太陽。 この夏。僕は―――――魔法使いに出会った。 【なつの魔法】 第1話≪小さな旅の始まり≫ /1 《海、それは無限を思わせる空間だった。》 夏休みの最中に僕達4人は海に来た。子供の僕達にしてはちょっとした冒険だ。 自転車に乗って走り続けて約3時間。潮の香りと共に青き海が姿を現した。 それを見た僕は自転車を漕ぐ足にもやる気が注がれる。 そして――――浜辺まで行ける場所へ辿り着いた! 「やったー!ついに到着だ!」 声を張り上げたのは翔輔。自転車をこぎ続けてもテンションが下がらないくらい元気なのが取り柄だ。 体格が良くて運動神経が学校一良いのも特徴の一つだ。 「もうー疲れたよー…」 「何言ってんだよ。海が目の前に広がってるんだぞ!」 翔輔のテンションは収まるどころか上がる一方だった。両手を上げて海に叫んだりもしている。 その後ろで弱音を吐くのが紅一点の和香菜だ。自称チャームポイントのセミロングの赤毛が風でなびいていた。 確かに僕も疲れている筈なのに少しだけ元気が出てきた。 日の昇り具合から見て時間は正午すぎだろう。 綺麗な海だと言うのに泳いでいる人はおろか散歩している人影すら見当たらなかった。 「静かだ……」 僕の隣で小さく呟いたのがいつも大人しい学だ。 身長は高い、ルックスも良い、頭も良い。欠点があれば運動が苦手という事ぐらいである。 確かに波の音以外は何も聞こえないぐらい静かだった。周りを見渡して見えるのが海と山と畑だった。 人の姿は確認できない、まるで世界中に僕らだけ取り残されたかのような不安も感じてしまうほどだった。 でも、そんな不安は些細なもの。この仲間がいれば不安なんか些細なもの。 そして僕は声を出して聞いた。 「海に来たのはいいけどこれからどうするんだ?」 「そんなの決まってるだろ!」 翔輔は持ち前の大声を張り上げた。皆は翔輔の言葉を予想できただろう…… 海に来てする事と言えばで最初に連想することが答えだ。 「泳ぐんだよ!」 皆の想像通りの答えで翔輔を除く3人は『はぁ…』とため息をついた。 誰も…いや、約1名を除いて自転車をこぎ続けて疲れている体ですぐに泳ぐことなんて出来なかった。 「ちょっとぐらい休ませてくれよ…」 海を眺めながら学も弱音を上げる。無理もない和香菜と学はお世辞でも運動が得意とは言えない。 どちらかと言うと頭を動かす方が得意と言えるだろう。 和香菜は理系で数学が得意で毎回満点を取っている。 学は文型で国語と英語は満点近い点数をキープしている。 天は二物を与えない、2人は頭脳と言う才能を貰って運動と言う才能を切られたと言ってもいいだろう。 それぐらいに運動が駄目だった。 「灯路くんも疲れてるよね?」 和香菜が疑問系で聞いてきたが…この言葉と和香菜の覗きこむような喋り方は同意を求めていた。 この喋り方では『疲れてない』とはとてもじゃないが言えなかった。 ちなみに僕の名前が灯路だ。得意はどちらかと言うと体を動かす方で和香菜と学には悪いけどあまり疲れていなかった。 けど、僕は和香菜にしたがっておくことにした。 「うん、ちょっと休みたいかな」 3人の意見で渋々了承した翔輔はちぇと舌打ちをしながら僕らの隣に座った。 機嫌を損ねているのも少しの間だろうと今までの経験から考える。 だから、少しの間だけ皆で海を眺めていた。 誰も声を上げることもなく、ずっとその海を眺めていた。 青く澄んだその海を、眺めていた……… ずっとこの景色が続くと誰もが信じていた。 /2 僕たち4人はこの夏休みに何かを成し遂げたかった。 それが海を目指した理由でもあって旅の目的でもある。 『何か?』と聞かれても誰も答えることは出来ないだろう。 だってそれは言葉で説明できないモノだと思う。 思い出、記憶、楽しみ、苦労、経験、そういって類のことをこれから味わうんだと思う。 この思い出を―――を永遠のものにする為に…… 海を眺めていた……でも、いつまでも眺めているだけだと干からびてしまうだろう。 想像以上に夏の日差しはキツイものだ。そう思った僕は日陰を探すことを提案した。 何せ砂浜だけでも広いから日陰は探さなければ見つからないほどだった。 「そうだな、それじゃあ。あの岩場辺りでも見に行くか?」 岩場を見に行こうと提案したのは学だった。学は知識は豊富で岩場には何かあるかもしれないとか考えたのかもしれなかった。 そしたら翔輔は泳ぐことを忘れたのか『釣りをする!』なんて言いだした。 気がつけばカバンから釣竿をちゃっかりと取り出していた。 確かに岩場に行けば釣りが出来るだろうなんて僕まで納得してしまった。 砂浜は歩くたびにじゃりじゃりと音を立てた。 そして靴の中には少しずつ砂が進入してきて違和感を感じる。 決して気持ちいいとは言えない、でも僕はそれを取り除くことはしなかった。 歩いているという実感を感じることが出来るからだ。この浜辺でしか体験できない実感を…… 岩場まで来ると翔輔は走り出して釣りの準備を始めた。 「それじゃあ。私たちは向こうの方探検してくるからねー」 「わかったー。俺は大物でも釣っておくよー」 いくら海が綺麗だからと言っても大物が釣れるのだろうか… そんなテレビや漫画のようにはいかないだろうと口には出さなかった。 でも、僕は翔輔なら本当に何か釣るかもしれないと期待をしたのは間違いなかった。 そして翔輔を残した僕たち3人は再び歩き出した。 /3 それから僕たちは岩場を歩いている。 岩場はごつごつしていた歩きづらかった。体力の少ない和香菜と学では辛いかもしれない。 けど2人も探検と言うものに元気が出てきたのか弱音を吐くことがなくなった。 来た道のりを振り返ってみた。翔輔の釣り場から大体200mは離れただろうか? 実際は苦労した分距離は稼いでいないかもしれないと思っていたが翔輔の姿はもう肉眼では見えなくなってしまった。 それでも僕は足を止めることはなかった。 「何もなかったな…。そろそろ戻るか?」 疲れてきたのか学が提案したが僕はもう少し先まで行きたいと思った。 何故だろう…本能が直感を刺激していたんだと思う。 「この先に何かあるような気がするんだ。僕はもうちょっと行ってみるよ」 「わかった。じゃあ俺たちここで少し休んでるから」 和香菜も疲れたのか膝に手をついて立っている。 その場所から少し歩いた所の岩陰にちょっとした日陰が見えている。 そこに学と和香菜は座り込んで体を休めていた。海から風も流れているから休むにはちょうどいいだろう。 僕は疲れてきた体に渇を入れて再び歩き出した。 何か在る気ががする………それだけを頼りにして。 /4 日差しは変わらずにキツイ。 容赦なく俺の体からも体力を奪っていった。 「はぁ………釣れないなぁ。皆、今頃なにしているんだろ…」 人は疲れて孤独になると元気がなくなるものだ。 それはいつも元気な翔輔も例外ではなかった。 そもそも釣りなんて待たなければいけない競技は翔輔の性格には合ってないんだ。 「………皆、早く戻って来ないかなぁ」 姿が見えなくなった岩場を眺めた。 少しも風景が変わる気配はなかった。 /5 不思議と疲れは起きない、何かが自然と足を動かす。まるで誰かの意思に導かれているかのように… 背中は汗でびっしょりになっている。僕は水分補給をと思い、ペットボトルに入った水分を一気に飲み干した。 温くなったスポーツドリンクは美味しいとは言えない。でも不味くも感じなかった。 今ので手持ちの水分はなくなってしまった。こうなれば普通ば戻るという選択をすべきだ。 でも、僕は歩みを止めなかった。 そして僕は『何か』を見つけた。 「洞窟かな?」 一般に洞窟といわれるものを岩場の先で見つける。 遠くからでは岩と影で殆ど解らない所に洞窟が存在していた。 そんな物を見つけてしまっては止まらない、そして僕の足を好奇心という悪魔が突き動かした。 疲れも、乾きも、靴に入った砂の違和感さえも全て忘れて足を動かして視界に神経を集中させた。 中はどうなっているのか?何があるのか? 何かがあると期待してやまなかった。 それは時間と体力を使って此処まで来た代償として何か結果が欲しかったのだろうと思う… 中を覗くと薄暗く、明るさに目が慣れていて何があるか認識できなかった。 足を踏み入れて目を凝らす。目が慣れた頃に何があるのかが分かった。 焚き火の後、それと…処理されていないゴミが多少転がっている。 誰かが、動物ではない、人がここで生活していた後が見られた。 それは決して古いものではなかった。食べ物の賞味期限は昨日というものもあった。 賞味期限からチェックを始める僕自身もどうかと思った。 でもこんな探偵まがいな事をして頭を働かせる事に喜びを感じているのも間違いが無い事実だ。 それから推測しても昨日から一昨日には誰かがここにいたのだろう。 中は涼しくてこの暑い浜辺で生活するのは可能だと思った。 この洞窟も深くはなかった。高さにして約3m、横幅5m、奥行きは10m程だった。 入り口がちょうど北側で日が当たらないようになっていた。 他に目ぼしいものも無かったので外に出ようと足を動かした。 そして聞こえた、僕の足音じゃなに別の足音が…… 和香菜か学が来たのかと思ったけどその思考間違いだとすぐに気づく事になった。 誰かは解らない、でも知らない人の気配を感じて洞窟の入り口に目を向けた。 そこに立っていたのは背の高い女性の姿が見える。 逆光で顔はよくわからないけど、髪が長く、背の高い女性だと言うことが解った。 その人がここで暮らしていた人だと結びつけるのには時間は掛からなかった。 実際結びつけるのも失礼な話かもしれない、でも此処で会ったのだから関わりが無いほうが違和感を感じる。 背の高い女性は少しずつ僕との距離を縮めようと一歩ずつ近づいてくる… なんだろうか…今まで僕が生きてきた中では感じた事がないほどの威圧感、圧迫感、緊張感を感じてしまう。 恐れ、期待、不安、自分の心理状態が良く理解出来なくなっている。 意を決して僕は言葉を発しようとした時、女性が先に声を上げて阻まれることになった。 「君、名前は?」 とても冷たい声だった…涼しく感じる洞窟内の気温が下がったかのようにも思える… でも、何処か懐かしいものを感じてその声に圧迫感はなかった。 しかし最初に聞くべきことが名前だと言うことに違和感を感じる。 名前を聞くのは百歩譲って良いとしよう、でもそれは今、対峙している時の最初の言葉じゃないと思う。 でも、名前を聞かれたのだから答えなければいけなかった。 僕は偽らずに名前を言った。 「………御山 灯路」 そして女性は質問を続けた。 距離は近づいてはいるが……まだ顔色は窺えない。 会話している相手の顔色が解らないのがこんなにも不安だとは初めての経験になった。 「灯路君は夏が好き?」 どんどん僕の思考を凌駕する質問が投げかけられる。もう予測の範疇を超えている。思考が読めない…… その質問の答えで何が求められるのだろうか?僕は背の高い女性に圧倒される事しか出来なかった。 日常会話での質問なら、なんら不思議はない、でも初対面で、しかも洞窟で交わす会話じゃないと思った。 でも素直に答えてしまうのが僕の性格だと悔やんだ… 「嫌いじゃない」 曖昧な言葉だっただろう。 でも嘘は言っていない。間違いじゃない、決して好きとは言えない。 でも嫌いでもないからだこういう言い方になってしまう。 「それじゃあ。最後の質問。夜と昼はどっちが好み?」 「昼」 最後の質問を答えた僕は不思議な感覚に襲われた…… 違和感、疑問、不思議、安心、危機感。どれでもいい、感覚を言葉にしたってそれは結局理解出来ないに違いない。 どんな感覚かを考えている時間すら勿体無く思えてくる。 それにそう考えたのであればそれは全て感じたという事だろう。 僕は人としての直感を信じている。でも今は普段と違う感覚に襲われている。 そんな僕の心理状態を知ってか知らずか背の高い女性は淡々と言葉を放っていく。 そして僕が理解出来ない言葉はまだ続いた…… 「私は魔法使い」 「………え?」 唐突に言われた言葉が解らなかった。 というかこの背の高い女性か喋る言葉の全てが理解出来なかい。 聞き取る事は出来たとしても意味が解らなければ何も伝わらない。 だから僕は聞きかえす事にした。 「魔法使い?」 そんなものおとぎ話やゲームの話だろう。 現実に『私は魔法使いです』なんて言われて信じる人は少ないと思う。 実際、僕はそんな事を言われても信じようとはしないだろう。 いつもの僕ならそう、考える筈だ。でも……今の僕は精神状態からして乱れていた。 本当に魔法使いなるものが存在している錯覚すら考えてしまう。 「今は信じなくてもいいよ。これから体験する事になるからね」 やっと気づいた。これは会話なんて生易しいものじゃない。一方通行の語りに過ぎない。 僕はその言葉の返事をする暇は与えられなかった。 頭の中で言葉を解読するので精一杯だった。 気がつけば洞窟内を眩しい光が覆っていたのだから…… 目を開ける事すら出来なかった。平衡感覚すら失いそうになってしまう… ズキンッと頭痛が襲い掛かる…視界はまだ眩しい。音すらも聞こえない。 今、僕の中で頼りになる五感は存在していなかった。 僕が目を覆っている間に………世界が変わった。 目の前に見えるは水平線の彼方。 洞窟にいた筈が、やっとの思いで辿り着いた浜辺に立ち尽くしていた。 思考がやっと動き出しても何も考えられなかった… 「これって……………どうなってんの?」 疑問を投げかけても答えてくれる人は誰もいなかった。 ただ…ただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった。 |
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