割れる足跡







第3話〈違和感と嘘〉


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 合宿まで後3週間。

 今日は清清しい朝だ。何せ学校に来たのが予鈴の20分前という俺の中では異例の出来事である。
 何故こんなに早くに登校したかというと遅刻を回避する為だ。
 元々俺は起きるのが遅くて遅刻した訳じゃない。いつもニュースを見て、ぼーとしているから遅刻するんだ。今日はニュースを見ずに家を出た。
 それだけで遅刻が回避できると思うと生活体勢を変えようなんて思ってしまう。
 しかし今日のニュースを見ないとどんなリスクを負うだろうか?回答を言えば何のリスクも負わないだろう。
 この学校に来ている連中でニュースを見ない人の方が間違いなく多いだろう。それは皆が朝の時間は貴重だと理解しているからだ。僕も理解しているが、あまり重要視していない部分がある。遅刻に慣れてしまったのもあるだろうな…
 そして人数が少なかった教室に人が増えてくる。俺の遅刻実績を知っている人は驚きながら席についたりしている。
 そして賢悟が教室へと入ってきた。俺の席へ来るなり真剣な表情でこんな事を言ってきた。
「お前………何しているんだ?」
 いや、授業を受けに来たんだって。というか真剣な顔で言うなよ…
「俺もやれば出来るんだよ」
「まあ、これで寝ずに授業でも受けられたら完璧なんだがな。」
 確かにそこまで頑張れるかどうかの保障は出来ない。頭を使ったりノートを取ったりする授業ならまだいいんだが、話を聞くだけの授業なら寝てくれと言っているようなものだ。
「そういえば先週の一時限目休んでいたよな?」
 確か、寝坊して学校に来たのが昼の時だろう。というか賢悟は良く覚えているなと感心する時がある。記憶力と暗記力は優れているからだろう。
 というか記憶力と暗記力が高ければ他の事柄も人並み以上に出来るだけの頭脳を持っていると言えるだろう。これは努力で補えるものではない、生まれついての器だ。俺が欲したとしても手に入れる事は出来ない。そんな才能に憧れを抱く…
 そして予鈴の2分前に萩原さんが席に着いた。
 勝手に早くに来ているだろうと想像していたがギリギリで来るんだなぁ…
 俺達2人と朝の挨拶を交わしている間に先生が入ってきた。
「晃に言い忘れたよ。この授業は小テストがあるんだ」
 賢悟は席へ戻る時にそれだけ言い残して行った。
 オイオイ……言うのが遅いだろ…。というか絶対ワザとだ、と確信する。
「あ、忘れてた…」
 なんと萩利さんは忘れていたみたいだ。これで俺と同じ状況だと少し喜ぶ。でも冷静に考えると真面目に授業を受けている萩利さんと同じ状況なんてとてもじゃないが言えないと思う。
「はぁ……」
 20分前の清清しさなんて既に消えうせていた。



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 遅刻だけじゃなく小テストも成績に絡んでくるから何とかしないといけないと思う。だって今回も点数が悪かったのだから…
 ちなみに賢悟は満点。萩利さんも9割は正解していた。賢悟はともかく、テストを忘れていた初期知識で9割も正解する萩利さんは反則だと思う。
 ああ、2人の頭脳には憧れるよ、ほんとに……
 そんな事を考えながら昼食にとカフェテリアを目指して歩く。いつもは賢悟と食べているのだが今日はレポートを仕上げなければいけないとか言っていたから昼飯は抜きみたいだ。ちなみに俺はそのレポートを簡単に書いて提出している。賢悟は物事を纏めるのは苦手なのかもしれない。
 食券を買うタイミングが遅れたので既に列が出来ていた。並んでからあげ定食を食べてもいいがめんどくさいので170円の月見うどんを食べる事にする。
 勿論、安さが売りなので量と味は保障されていなかった。
 時間帯的に空いている席が殆どなかった。うどんだから移動して食べるなんて事も出来ない。だからこのカフェテリアで探すしかなかった。
 そしたら見知った顔の隣に開いている席を見つけたので相席させてもらう事にしようかな。そう思って声を掛ける。
「隣いいなか?」
「あ、和田波さん。どうぞ座ってください。」
 こいつは同じ写真サークルにいる継尾柳だ。継尾は杉沢と会話をしながら食事をしていた。会話の内容は途中からじゃ何の話をしているか分からなかったが部室で聞いたゲームの話しじゃないみたいだ。
 俺は会話には入らずにうどんをすする。食べる頃にはちょうどいい温度にまで冷めていた。
「そういえば、和田波さんも合宿行くんですよね?」
 そんな俺に気まずく思ったのか継尾は俺に別の内容の会話を振ってきた。
 俺はうどんを飲み込んでから答える。杉沢が食べているからあげが上手そうだった。
「もちろん、行くよ。バイトの休みも、もう貰っているからね。それよりも2人ともこの学校には慣れたか?」
 また2人で会話をされて気を使われるのもあれだから自分から話題を振ることにした。
 慣れたか?というのは2人とも新入生で入学から1ヶ月と半分しか経っていないからだ。去年の自分がどんな状況だったかなんか今では思い出せない。
「ぼちぼちですね」
 継尾は曖昧な返事をする。しかしその返事も正しいと思う。
 俺がした質問で慣れたと答える人も少ないだろう。それに先輩である俺に遠慮しているという部分もある筈だ。
「僕は慣れたかな」
 なんと杉沢は少ない方に入っていた。まともに会話をしたのもこれが初めてかもしれない。
「へぇ…2人は何科だったっけ?」
 へぇとはそろそろ死語だろうと思った時には既に声に出ていたので仕方ない。
「和田波さんと同じ建築科ですよ。解らないことがあれば聞くのでその時はよろしくお願いします」
 この会話で俺は思った。継尾は世渡りが上手いだろうと…
 自然な敬語を使うのも、先輩との繋がりを持とうとしている所も俺にはない部分かもしれない。
 杉沢はまだ性格が掴めない。何せ一言二言しか会話をしていないのだから。
 そして頼られるのは基本的に好きだけど、こう答えておく。
「まあ、俺で分かる範囲なら喜んで頼ってくれ。でも、勉強を教わりたいなら賢悟に聞いてくれ。図面の事なら俺がまだ上なんだがそれ以外に疎くてね…」
 そう、俺の取柄は図面の解析、正確さ、早さがダントツである。高校の時に出したコンクールでは全国の賞を貰った事もある。CADも一応使えるが平行定規を使って書く方が得意だ。
「そういえば和田波さんの図面のレイアウト見ましたよ。製図室に張っていましたよ」
 それは去年書いたものだろう。先生が好きにレイアウトしろと言ったから適当に書いたら見事に気に入られてしまった図面だろうと思い出す。
「僕は和田波さんの奇抜なデザインは良いと思いますよ」
「俺も同じく」
 2人に褒められるが実際本気で書いた図面でもないからあまり喜ぶ訳にもいかなかった。
でもとりあえず感謝だけでもしておこうと思う。
「サンキュ。仕方ないな、今日は先輩がジュースでも奢ってやるよ」
 まあ、バイトもして金ならあるからここで器でも見せておこうと見栄を張った。
 2人は遠慮しながらもレモンティーとフルーツオレを注文した。そして、ありがとうございますと律儀にお礼を言ってくれた。
 たまには良い事もするものだと感じる瞬間でもあった。

 教室に戻ってもまだ賢悟はレポートが終わっていなかった。



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 この日最後の授業が終わると共に携帯のバイブレーションがポケットの中で震える。4秒ほどで振るえが収まった所からこれはメールだと気づく。気がつけば先生も帰っているので携帯を開きメールを確認する。


  バイトか?


 メールの相手は同じサークルの窪目だった。こいつからメールが来るのは戸部先生からのメールよりも珍しい。今まで数えるほどしか来た記憶がない。
 とりあえず今日はバイトが遅番なので偽らずに返信しておく。
 多分、サークル関係の連絡だろうなと返信を待ちながら考える。
 今度はバイブレーションが震え終わる前に携帯を開く。


  戸部先生が今日はミーティングがあるから部室へ来いって。多分、合宿関係だろうから萩利さん(だっけ?) も誘ってくれ。ちなみに先生は携帯を忘れたから俺がメールを送っている。


 そしてOKと返信しておく。既に萩利さんは教室から出ようとしていたので急いで声を掛ける。
「萩利さん!ちょっと待って」
 俺はリュックを手にとって駆け寄る。
「どうしたの?」
「ああ、今日は合宿の事で話し合いがあるみたいなんだけど来られる?」
 萩利さんは少しだけ考えてこう答えた。
「うん、そんなに遅くならなければ大丈夫だよ」
 そんな会話をしていると賢悟が俺達に近づいてきた。
 携帯を手にしている所を見ると窪目からメールが届いているみたいだ。話を聞くと賢悟は今日行けないみたいだから伝えて欲しいと事だ。
「まあ、用事があるなら仕方ないよ。ちゃんと伝えておくから」
「おう。頼んだ」
 そして賢悟は手を振りながら去っていった。
 別に何の用事で今日休むのかなんて気にはしていなかったし、聞く必要もなかった。他人の行動に干渉するにはある程度の距離を保たなければいけない。近すぎれば不快感と迷惑を掛けるだけに違いない。だから俺は人との距離を気にする。
「それじゃあ行こうか」
 俺は萩利さんに声を掛けて歩き始めた。



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 今回も俺たちが最後だった。しかし、来ているメンバーは賢悟と中道さんを抜いた5人だった。
 中道さんも用事があったのだろうと考えた。今日は窪目が1人だったので俺達に話しかけてきた。ちなみに戸部先生はまだ来ていない。
「そういえば崎原はどうした?」
「今日は用事があるから来られないって。メール返ってきてないのか?」
「いや、崎原には送ってないぞ」
 なんだが会話のズレを感じる。俺は勝手に賢悟も窪目からメールを貰っただろうと勘違いしていただけに過ぎない。しかし何か違和感を覚えたのは間違いない。
「どうした?」
「いや、なんでもない。俺の気のせいだろう」
 その時は別になにも考えなかった。
 その時、部室の扉が開いて先生が来たのだろうと思った。
「悪い、少し遅れた」
 先生は遅れた事を気にして走ってきたのか少しだけ疲れてそうだった。こんな性格が生徒から人望を集めるポイントなのだろうと思う。息を切らしながらも今日来ているメンバーを確認する。
「先生、賢悟は用事みたいです」
 賢悟に伝えてくれと言われたので一応伝えておく。
「分かった。他には………中道がいないのか?」
 先生は窪目に目を向ける。すると窪目は視線で何を聞きたいかを理解して答える。
「あいつ、今日、授業を無断欠席したんですよ。電話しても連絡もつかないし…」
 大学で授業の無断欠席なんてよくある話だ。というか断って欠席をする人なんかいないと思う。だから窪目の無断欠席という表現が面白かった。しかし電話しても繋がらないというのはよっぽどの理由があるのだろう。
「まあ、いいか。今日のミーティングの内容は合宿先でする事を決めたいのだが。皆の知っている通り行き先は携帯も繋がらない田舎だ。娯楽なんかないだろう、そこで余るだろう時間を使って陶芸が体験出来るみたいなんだが、皆はやってみたいか?申し込みが3週間前という事で今日集まってもらったんだが」
 確かに行ってから暇になったら結構な地獄を体験するかもしれない。俺は陶芸に興味はなかったがやってみたいと思った。
「俺はやってもいいと思うよ」
 最初に意見を言ったのは俺だった。
「私はどっちでもいいよ、任せる」
 それに萩利さんも答える。まあ、萩利さんは自分の意見をはっきり言うタイプじゃないだろう。勝手に血液型がA型だろうと考える。ちなみに俺はB型だ。
 そして継尾と杉沢が賛成。窪目もどちらでも良いという意見だった。
「反対意見は無いようだな。それなら陶芸はするという事で決定だな。と言っても既に申し込んでいるから反対されたときはどうしようかと思ったよ…」
 ………そんなのでいいのか?せめて意見を聞いてから申し込めよと皆が思ったに違いない。本当に人望があるのかどうかが怪しく思えてきた。まあ、この強引性はいつもと変わらないから慣れてきたのだけどな。

 そして今日のミーティングが終わろうとした時、鳴る筈がない音がなった。

 誰かの携帯の着信音だろう、スピッツの古い歌だと思い出せるが曲名までは思い出せなかった。そしてこの懐かしいメロディーを着メロにしている人を俺は知っている。
「よし、今日、これで解散だ。気を付けて帰れよ」
 そう言いながら慌てて部室から出て行ったのは戸部先生だった。これが先ほど感じた違和感の正体に違いないと確信する。
 窪目は言った、先生は携帯を忘れたと、しかし違った。先生は携帯を持っている。これは何かの間違いか?
 そして俺は帰ろうとしている窪目に聞かずにはいられなかった。
「窪目。俺にメール送ったよな?」
 窪目は答えた。
「いや、送ってないぞ。何でだ?」
「な、なんでもない…」
 違和感?違う。
 矛盾?違う。
 間違い?違う。
 策略?近い。
 そうだ、策略に近いものを感じる。これが杞憂であればいい。でも誰かが窪目のアドレスを偽って俺にメールを送ったに違いないだろう。
 一番分からないのは何故こんな事をしたのか?悪戯のような悪意すら感じない。一番仲の良い賢悟でさえもこんな事はしないだろう。理由が分からない、目的が分からない。行動理由の先には利益がある筈だ、こんな事をしても利益を得る人が思い浮かばない。俺をからかってメールを偽るような奴も考えられない。
 俺は答えの出ない考えを巡らせてしまう。それだけの不思議さがあるだろうと…
 1つめ、窪目が嘘をついている。これなら可能性はあるだろう。しかし嘘をついているようには見えなかった。
 次に、先生の手違い?それなら窪目との摩擦が生じるだろう。
「和田波くん、どうしたの?さっきから顔色悪いよ…」
 そんな俺に気を使ったのか萩利さんは帰る事なく俺を心配してくれた。もしかしたら考えすぎで血の気が引いてきたのかもしれない。 そうだな…深く考えても仕方ないだろう。どうせ答えなんか出ないのだから、誰かの悪戯という可能性が一番近い。そう結論づける事にした。
「なんでもないよ。さあ、帰ろうか」
「うん」
 そして俺達は誰もいなくなった部室を後にした。夕日が入って中はオレンジ色に変わっていてキレイだと感じた。



/干渉ノート

 殺害方法について……探偵からの情報はまだだ。だから今ある情報で考えてみた。陶芸が出来るなら凶器として使える壷ぐらいあるだろう。目的は衝動殺人だと思わせる事にある、これなら可能だろう。しかしこれは決定ではない、情報が来ればもっと綿密に練れる、今は可能性の考慮しか出来ない。問題は誰の衝動殺人に見せかけるかという事、それについては前から考えがある、奴を使うか、しかし、どうやって思わせるかは思いつかない…
 明日は探偵との約束の日だ。これで可能性から計画へと変える。完璧と言える計画へと昇華する。





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